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弥勒寺について
弥勒寺略縁起
当山の開基は天平勝宝元年(西暦749年)行基によって開基されたという説があり、弘化5年(西暦815年)に一宇を建立されたのが当寺の起因とも伝えられています。
御本尊は弥勒菩薩で、最盛期は一山六ヵ寺七堂伽藍と知多郡屈指の一大寺でした。しかし、関ヶ原の戦いの直前に、石田光成方の鳥羽城主九鬼嘉隆の軍勢により、本尊弥勒菩薩と仁王像を残して焼失してしまいました。その後、尾張第二代藩主徳川光友の寄進により、元禄年間(1668~1704)に再建復興されたといわれています。
現在は真言宗智山派に属しており、知多四国八十八箇所霊場の第83番札所でもあります。

仁王門

石碑『弥勒寺御宝塔御結縁由緒』

本堂

本堂内部

秘仏御本尊弥勒菩薩(右上)

御本尊弥勒菩薩(御前立)
弥勒菩薩坐像(市指定文化財第四二号)
けやき寄木造り 座高80㎝ 室町時代の作
本像は秘仏であり、普段は厨子の中に安置されています。平時は御前立ちを安置していますが、毎年5月8日には秘仏御本尊を御開帳し公開しています。
本像について「張州雑志」では行基作と伝えられていますが、像容は飛鳥・奈良時代のものと異なり、平安中期以降の塔を持った形式の像となっています。
金剛力士立像(仁王像)(市指定文化財第七一号)
阿形:くす寄木造り 像高272cm 平安時代末期の作
吽形:くす一木造り 像高273cm 平安時代末期の作
弥勒寺には仁王像に関する記録が一切残っていませんが、東海市荒尾町にある運得寺には、1468年(応仁2年)の記録として「仁王の大像弥勒寺に有り」と記されており、県内では数少ない平安期の仁王像として貴重な存在となっています。
平成20年に仁王門の改築に合わせて彫像された新しい仁王像と共に、新旧一対ずつ(計4体)安置されています。
新しい仁王像は、愛・地球博の際に瀬戸会場・市民パビリオンで公開制作されました。

新仁王像(吽形)

旧仁王像(阿形)

仁王門表

新仁王像(阿形)

仁王門裏

旧仁王像(吽形)


ご宝塔堂
特大鬼面撫五鈷杵
